2012年5月27日日曜日

インド⑦

インド北部、デリーに到着。




特になにもやることがない街です。




かといってゴアやハンピの様にリラックスできるわけでもなく、非常に混み混みしていて、非常に居心地が悪い街です。




しかし、ここデリーで、ひとつ幸せなことがありました。





 


唐揚げ親子丼 というものを食べることができたこと
うどんも食べれた




デリーには、数件の日本食屋があって、食欲大爆発中の僕にとって、最高の喜びを与えてくれました。



オクラ丼、ゆかりおにぎり、チャプチェなんかも食べました。下痢の恐怖からカレー自粛を並行して進めていました。
















高橋夫妻にもらったガイドブックによると、ここデリーで詐欺、盗難の被害にあうケースが非常に多いとのことです。



僕も気を付けようと気を引き締めると同時に、これまで罵るように声をかけてきた客引き、騙すつもりで近寄っていたインド人、




いや、今でも声をかけ続けてくるインド人に対して、小さな怒りが湧いてきました。






俺もこいつらの嫌がることをしてやろうと思い、ざるうどんの残りのめんつゆとネギと水をペットボトルに入れ、声をかけてくる全員に「ジャパニーズティーだ」といって飲ませることにしました。




そして寄ってくるインド人にニコニコして「飲めよ」といってネギの浮いたペットボトルを差し出し、しつこくつきまとうと


客引きは逃げ、露店ではもうあっち行けという仕草をされました。




インド人よりウザくなることに成功しました。






宿付近をウロウロして、何人かのインド人にウザがられて、僕はすっきりしました。



同時に、こんなことしてちゃいけないな、復讐は復讐しか生まないわ、とも思いました。
数%であろう心やさしいインド人と「ありがとう」と言い合える関係をつくろうと思いました。












翌日、日帰りでアーグラという街へ行ってきました。




有名なタージマハルを見に行くためです。




インド人に大人気








かっこつけている兄ちゃん




かわいい姉ちゃん






運転手の耳毛があまりにもすごかった





このタージマハルには、インド中からいろんなインド人が大集合していました。



このタージマハルは、ざっくりいえば国王のわがままで作られたタダのお墓で、これを作ったがために財政が傾き、インドが崩壊しかけたそうです。



労働者の幸せを顧みない国王、でもそんな意味のない「お墓をつくること」に情熱を注いだという一点はすごいと思います。どういうつもりだったんでしょうか。



今ではしっかり観光地と化し、外貨を稼ぐ収入源となっています。
インド人は入場料20ルピーなのに、外人は750ルピー(1,200円ぐらい)だからね。




でもそんな、「将来的に観光地として儲かる」なんてことは少しも考えてなかったでしょう。
ただ「豪華ででかいお墓をつくる」ということに没頭したということがすごいと思います。











深夜、デリーの街に戻ってくると、かなりの野犬がいきいきと僕を追っかけてきました。
かまれる勢いだったので必死でにげました。











そして、日本食を食った以上、見どころのないデリーにいるつもりはもうありません。
暑いし、臭いし、客引きウザいし、長居はできません。








寝台列車でバラナシという街を目指します。


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