インド北部、デリーに到着。
特になにもやることがない街です。
かといってゴアやハンピの様にリラックスできるわけでもなく、非常に混み混みしていて、非常に居心地が悪い街です。
しかし、ここデリーで、ひとつ幸せなことがありました。
唐揚げ親子丼 というものを食べることができたこと
うどんも食べれた
デリーには、数件の日本食屋があって、食欲大爆発中の僕にとって、最高の喜びを与えてくれました。
オクラ丼、ゆかりおにぎり、チャプチェなんかも食べました。下痢の恐怖からカレー自粛を並行して進めていました。
高橋夫妻にもらったガイドブックによると、ここデリーで詐欺、盗難の被害にあうケースが非常に多いとのことです。
僕も気を付けようと気を引き締めると同時に、これまで罵るように声をかけてきた客引き、騙すつもりで近寄っていたインド人、
いや、今でも声をかけ続けてくるインド人に対して、小さな怒りが湧いてきました。
俺もこいつらの嫌がることをしてやろうと思い、ざるうどんの残りのめんつゆとネギと水をペットボトルに入れ、声をかけてくる全員に「ジャパニーズティーだ」といって飲ませることにしました。
そして寄ってくるインド人にニコニコして「飲めよ」といってネギの浮いたペットボトルを差し出し、しつこくつきまとうと
客引きは逃げ、露店ではもうあっち行けという仕草をされました。
インド人よりウザくなることに成功しました。
宿付近をウロウロして、何人かのインド人にウザがられて、僕はすっきりしました。
同時に、こんなことしてちゃいけないな、復讐は復讐しか生まないわ、とも思いました。
数%であろう心やさしいインド人と「ありがとう」と言い合える関係をつくろうと思いました。
翌日、日帰りでアーグラという街へ行ってきました。
有名なタージマハルを見に行くためです。
インド人に大人気
かっこつけている兄ちゃん
かわいい姉ちゃん
運転手の耳毛があまりにもすごかった
このタージマハルには、インド中からいろんなインド人が大集合していました。
このタージマハルは、ざっくりいえば国王のわがままで作られたタダのお墓で、これを作ったがために財政が傾き、インドが崩壊しかけたそうです。
労働者の幸せを顧みない国王、でもそんな意味のない「お墓をつくること」に情熱を注いだという一点はすごいと思います。どういうつもりだったんでしょうか。
今ではしっかり観光地と化し、外貨を稼ぐ収入源となっています。
インド人は入場料20ルピーなのに、外人は750ルピー(1,200円ぐらい)だからね。
でもそんな、「将来的に観光地として儲かる」なんてことは少しも考えてなかったでしょう。
ただ「豪華ででかいお墓をつくる」ということに没頭したということがすごいと思います。
深夜、デリーの街に戻ってくると、かなりの野犬がいきいきと僕を追っかけてきました。
かまれる勢いだったので必死でにげました。
そして、日本食を食った以上、見どころのないデリーにいるつもりはもうありません。
暑いし、臭いし、客引きウザいし、長居はできません。
寝台列車でバラナシという街を目指します。





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